神保哲生『ビデオジャーナリストの挑戦』(ほんの木、1995年11月)そこまで期待していなかったのに面白かった。きっとビデオジャーナリズムの話だけではなくて、テレビジャーナリズム批判まで展開されたからだと思う。ペン記者とテレビ記者、双方のいいところを活かそうとするビデオジャーナリスト。いろんな形があるなあ、と思った。
2010年09月14日(火) 神保哲生『ビデオジャーナリストの挑戦』読了。テレビジャーナリズムの批判に、なるほどと思うところが多かった。
posted at 13:06:55
2010年09月13日(月) 「テレビのつまらなさの理由の1つ、それはテレビの嘘っぽさである。…本来ありのままを見せることがウリであったはずのテレビが、レストランのショーウインドーの中に飾られたプラスチック模型のようなものしか発信できなくなってしまった」(神保哲生『ビデオジャーナリストの挑戦』)
posted at 16:11:30
と、神保さんは言うわけだけれど、普遍的な悪とか、普遍的な善というのは本当にあるのかな。神保さんが例としてあげてることって、西洋が(あるいはキリスト教)がメインストリームの時代だからこそのことであって、今後変わる可能性だってあるんじゃないかな。うーん。
posted at 16:05:30
「(ジャーナリストは)戦争、暴力、差別といった人類にとっての普遍的な悪、および自由、平等、民主主義、平和、人権といった、人類にとって普遍的な価値…に対して敏感で、それを防ぐあるいはその実現のために専心する気のある人でなければならない」(神保哲生『ビデオジャーナリストの挑戦』)
posted at 16:02:26
2010年09月10日(金) 「取材のうえでは活字を書くのと同じだけのデータやインタビューを必要としているものの、それにプラスして映像という武器がしっかり加わらないと、ビデオジャーナリストとしての威力を充分に発揮することはできないという基本を痛感した」(神保哲生『ビデオジャーナリストの挑戦』)
posted at 14:25:33
「取材が浅くていいとか、絵が撮れていればいいという考えを否定するのがビデオジャーナリズムであると同時に、逆に中身だけしっかり書いてあれば絵がなくとも成立するわけではないというのもビデオジャーナリズムなのである」(神保哲生『ビデオジャーナリストの挑戦』)
posted at 14:23:22
2010年09月09日(木) 「湾岸戦争のテレビ報道を観て、テレビジャーナリズムのレベルの低さも認識せざるをえなかった。迫力のある映像さえあれば中身は何でもいいという感覚がミエミエなのだ」(神保哲生『ビデオジャーナリストの挑戦』)
posted at 18:13:20
「アメリカの場合、コロンビア大学を出ようがどこを出ようが、まず地方の小さな新聞社の新聞記者からスタートして徐々に大手の新聞社に移っていく。…いろいろなパターンがあり、新卒で大手マスコミに入って終身雇用になるという日本とは全く事情が違う」(神保哲生『ビデオジャーナリストの挑戦』)
posted at 17:37:40